高知城
高知市丸の内1丁目にある高知城は高知駅から徒歩約25分の所にあるお城です。鏡川、江の口川を外堀とした約44mの大高板山に関ケ原の戦いの後、掛川から入封した土佐藩初代藩主山内一豊が築いたお城です。この地には、元々南北朝時代に大高板松王丸によって築かれた大高山城があったそうです。1603年に本丸・二の丸の石垣と本丸主要部が完成し山内一豊が入城し、1611年三の丸の完成をみてほぼ全城郭が整いました。が、1727年の城下町から出た大火事で城郭のほとんどが消滅してしまいました。そこから幕府の許可を得て再建に力を入れ、1753年までに創建当時の古い様式の状態に戻す事が出来ました。日本で唯一の城郭遺構となっています。また、太平洋戦争での高地大空襲からも奇跡的に免れ、15棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。
土佐藩の藩主は、一豊から始まり豊範まで山内家16代が務めました。城内の鬼瓦や軒丸瓦には、山内家の家紋(丸三葉柏紋)になっているのでそれも見つけるのも面白いですよ。
高知城といえば、日本で唯一天守と本丸御殿が揃っているお城です。
本丸御殿から庭を見ると土塀に横長の「物見窓」というものがあります。高知城の特徴で忍者窓として知られています。敵の動きを確認できる範囲が広くとられていて高知城しかないと言われています。
また、城内に設けられた16か所の「石樋」も高知城の特徴的な遺構になっています。高知県は、降水量が多い地域の為、水対策も施されており水が石垣に直接当たらない様、水が落水する所に石を置いて土が削れないようにしています。そして城の防衛として建てられている「詰門」では、訪問者を監視する詰所があります。入口を通る時は、手前と向こう側の入口がずれていて喰い違いになっています。通りにくいのですが、よく考えられた構造だなと思います。
高知城の正面玄関にあたる門として追手門があります。第二次世界大戦では空襲により半壊状態になりましたが、修復されています。
四国を代表する高知城は、見どころいっぱいの史跡なので、お城好きには丸一日いても飽きないお城です。何度も行っていますが、とても魅力のあるお城です。