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日本の城
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城情報

城の種類

日本の城は、大きく分けて4つに分類することができます。江戸時代の軍学者が分類した方法を踏まえた山城、平山城、平城に加え、水城(海城)があります。
これらの4つは、城がどのような地形の上に建てられたかによって区別されたものです。また、それぞれの種類には、時代を象徴した特徴が現れており、城郭の構造にも違いがあります。

山城

山城
山城

山城は、その名前の通り、山に築かれた城です。主に、南北朝時代~戦国時代初期に造られた城で、いわゆる「中世城郭」と呼ばれている城は山城になります。
山城は、山全体を城郭としており、山を削って土を盛り固め、堀や土塁を造っていく天然の要塞です。軍事施設としての役割が強い城で、合戦の際は山頂に籠城することで敵からの攻撃を防御していました。
山城では、山の麓に居館を構え、合戦がないときは居館で生活をしていたと考えられています。

日本には、城跡が3~4万ほどあると言われていますが、そのほとんどは山城です。鎌倉・室町時代に、兵力を持った領主たちによる争いが増え、敵からの侵略を防ぐために、簡易的な山城が築かれるようになりました。
多くの山城は、石垣を用いていない土造りの城で建造物は木造の簡易なものであったため、現在の山城跡には建物はほとんど残っておらず、遺構の多くは、土塁、空堀といったものになります。

代表的な山城として知られているのは、日本三大山城と呼ばれている、岩村城(岐阜県)、高取城(奈良県)、備中松山城(岡山県)です。
中でも岩村城(岐阜県)は、江戸諸藩の城の中で最も高い、海抜717メートルほどの高さに築城されました。

平山城

平山城
平山城

平山城は、低い山や小高い丘とその周囲の平地を利用して築かれた城です。最初の平山城と言われているのは、織田信長が築いた安土城で、平山城は近世城郭の主流になりました。
平山城は、山城と平城の中間として認識されることもありますが、その定義は明確ではありません。一般的には、城の構造として、低い山や小高い丘の上に主郭、周囲の平地に御殿や屋敷、城の外周に石垣や水堀を設けている城を平山城と呼んでいます。
山城との大きな違いとして、平山城は、山頂から麓までを一体化した構造になっている点です。

安土桃山時代以降の城は、合戦の防衛拠点としてだけでなく、政治や経済の拠点としての役割も担っていたため、軍事的な要塞としての役割が強い山城とは異なり、利便性の高い平地を御殿や屋敷のために使っていました。こうして多くの家臣たちを、山城のように城の外部ではなく、城の内部に住まわせることも可能にしたのです。
また平山城は、平地より高い場所に城を築いて山頂に天守を構えることで、権威の象徴として見せることができるメリットもあります。

平山城の代表的な例のひとつに、津山城(岡山県)があり、天守と77棟もの櫓を備えた大城郭でした。曲輪がひな段状に造られ、一二三段と呼ばれる3段の縄張りを石垣で囲むことにより、丘陵が一体化している構造が特徴です。
また、津山城(岡山県)は、姫路城(兵庫県)と松山城(愛媛県)とならんで日本三大平山城のひとつでもあります。
江戸城や大坂城が平城に分類される場合もありますが、平地ではなく台地の上に築かれていることから平山城に分類される場合もあり、山城と平山城の線引きは、はっきりしていません。

平城

平城
平城

平城は、平地だけを利用して築かれた城です。平地に城を築くことにより、領主は領地にそれまでより多くの兵力を収容できるようになりました。平城は、戦国時代の終わりから江戸時代にかけて造られた、近世城郭の種類のひとつになります。

戦乱が落ち着き、世の中が段々と安定していくと、城は軍事拠点としての顔を持ちつつ、政治や経済の拠点としての役割が大きくなっていきました。また、権力を象徴できるシンボルとしての意味も強くなり、領国を治める役所としての機能が備わるようになります。そのため、城の周りに城下町を作って多くの家臣を住まわせ、城郭の中心部には政務を行なう政庁として御殿が建てられました。
城の建築技術が発展し、大きな堀や高くて頑丈な石垣を築くことができるようになったことで、山や丘陵地のような高い場所でなくても、平地に防衛力の高い城を築くことが可能となったのです。

代表的な平城のひとつに、二条城(京都)があり、松本城(長野県)、広島城(広島県)と共に、日本三大平城と言われています。
二条城(京都府)は、本丸や二の丸に御殿を構えていました。現存する二の丸御殿は、全6棟の建物から構成されており、国内の城に残る唯一の御殿群として国宝に指定されている大変貴重な遺構です。

水城(海城)

水城(海城)
水城(海城)

水城は、海や河川、湖といった水源のある場所を巧みに利用して築かれた城です。天然の水源を引き込んで水堀を造ることで、防御面が優れていることはもちろん、水運を利用した商業面でも活用できるというメリットがあります。
しかし、海岸や湖岸を埋め立てる技術や水土木作業の難しさ、水害によるデメリットなどもあるため、数としては多くありません。海に接する場所に築く水城は、海城とも呼ばれています。

水城の中でも、海城を例に挙げてその特徴を紹介します。縄張りにおいて、山城・平山城・平城と大きく異なるのは「舟入」と呼ばれる船着き場を備えている点です。中世や近世においては物資を輸送する際は水運が主流で、中でも特に海運が利用されていたので、水城は商業を発展させるにあたり、大きなメリットがありました。また、舟入を備えていることで、合戦で籠城する際に必要な物資の調達がしやすく、なおかつ、逃走経路が確保しやすいというメリットもあります。

代表的な海城のひとつは、今治城(愛媛県)です。吹揚浜(ふきあげはま)に築かれた今治城は、日本一厳重な舟入を持っていたと言われており、軍港と商業港を備えた本格的な海城でした。これを築いたのは、築城の名手として名高い藤堂高虎(とうどうたかとら)です。

今治城(愛媛県)は、高松城(香川県)や中津城(大分県)と並び、日本三大水城と呼ばれています。
高松城(香川県)は海城で、中津城(大分県)は川沿いに築かれた水城。湖のほとりに築かれた水城としては、諏訪高島城(長野県)や松江城(島根県)などがあります。