大分県指定史跡
この臼杵城跡は大分県指定史跡となっています。この臼杵城跡は、丹生島城・亀城とも呼ばれていた城跡です。キリシタン大名として有名な大友宗麟の居城だったため、石垣にはアルファベットの様な文字が刻まれ、城内には礼拝所が、城下にはキリシタンの修練所があったそうです。築城当時は丹生嶋と呼ばれる孤島上の城郭で、周囲の海が天然の要害となって、堅固な守りを誇っていました。大友氏以降には、福原直高、太田一吉が城主を務めたのち、慶長5年(1600年)からは、美濃から入封した稲葉氏が、廃藩置県まで15代にわたってこの城を居城として臼杵藩の支配にあたっていました。廃藩置県後、明治6年(1873年)に臼杵城は廃城と決定されて取り壊されました。この城は丹生嶋に築城されたこと、また島の形が亀の姿に似ていたところから別名丹生嶋城とも、亀城とも呼ばれていました。その後に本丸、二の丸は公園地に指定されて臼杵公園として市民の憩いの場となっています。