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日本の城と戦国武将
前田利家

日本の城と戦国武将

前田利家と城

「前田利家」(まえだとしいえ)は、1538年(天文7年)12月25日~1599年(慶長4年)3月3日までを生きた戦国武将です。

前田利家

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「前田利家」(まえだとしいえ)は、1538年(天文7年)12月25日~1599年(慶長4年)3月3日までを生きた戦国武将です。
戦国を代表する槍の名手で、多くの武功を挙げました。出世を重ねて大名となると、能登、加賀、越前を手に入れて治めています。この3国は江戸時代になると加賀藩となり、その広大な領土は「加賀百万石」と呼ばれました。つまり、前田利家こそが加賀百万石の礎を築いたということになるのです。
そんな前田利家の生涯と、ゆかりのある城についてご紹介します。

前田利家の生涯

前田利家の生涯
「槍の又左」
の異名を持つ前田利家

1538年(天文6年)、前田利家は尾張の豪族である前田家の4男として生まれました。14歳になると、尾張を治めた織田家の嫡男である織田信長に仕えるようになります。
前田利家の初陣となったのは、織田一族の内紛である「萱津の戦い」(かやづのたたかい)です。初陣ながらも敵将を討ち取る活躍をしたことにより、織田信長から「肝に毛が生えているかと思うほどの豪胆さ」と、賞賛されました。
その後もを振るって武功を積み上げると、「槍の又左」(やりのまたざ/当時は又左衛門という名前であったため)という異名で呼ばれるようになったのです。

1558年(払治4年)、まだ20歳で血気盛んな前田利家ですが、身を固めることになりました。相手は幼いときから前田家で一緒に育った、まつという女性です。
まつは子を11人も産み、生涯、夫を支え続けました。なお、ふたりの結婚式の仲人を務めたのは豊臣秀吉(当時の名前は木下藤吉郎)です。前田利家と豊臣秀吉は、織田家の家臣として働くなかで親交を深めており、親友とも言える関係でした。
結婚をして幸せな日々を送る前田利家でしたが、大失態をおかしてしまいます。それは、織田信長の腹違いの弟である「拾阿弥」(じゅうあみ)を斬ってしまったことでした。
拾阿弥が前田利家の大事にしていた髪結い道具を盗んだとはいえ、主君の身内を斬ってしまうのは当然ながら御法度です。激怒した織田信長は前田利家に切腹を言いつけたのですが、織田家の重臣「柴田勝家」が助命嘆願をしてくれました。それによって前田利家は切腹こそ免れたものの、織田家から追放されてしまったのです。

自らの失態によって浪人になってしまった前田利家は、なんとか汚名返上しようと信じられない行動に出ます。
1560年(永禄3年)、織田信長と駿河・遠江の大名「今川義元」が対峙した「桶狭間の戦い」(おけはざまのたたかい)で、前田利家の戦う姿がありました。
戦に個人的に参加し、武功を挙げることにより、織田信長に許してもらおうと考えたのです。
並の武将ならひとりで参戦して活躍するのは難しいでしょうが、そこは「槍の又左」と呼ばれるほどの武人である前田利家です。
桶狭間の戦いでも、また、織田信長と美濃の大名である「斎藤龍興」(さいとうたつおき)の争った「森部の戦い」(もりべのたたかい)でも、見事に武功を挙げてみせました。
こうした努力が実り、織田信長から織田家に戻ることが許されます。そして1569年(永禄12年)、前田利家は織田信長から「前田家を継ぐように」との命を受けて、4男でありながら前田家当主となりました。

1581年(天正9年)、前田利家は北陸での戦で活躍すると、織田信長から能登を賜り、大名へと出世を果たします。
その翌年の1582年(天正10年)、戦国の世を揺るがす大事件が勃発しました。
京の本能寺にて、織田信長が家臣である明智光秀に、謀反を起こされて自害したのです。
豊臣秀吉が明智光秀を討ち取ったことにより、この争乱は収まったのですが、織田信長の後継者を決める「清洲会議」(きよすかいぎ)の場で、新たな争乱のきっかけが生まれます。
後継者をめぐって豊臣秀吉と柴田勝家が対立。そして、ふたりの対立は「賤ヶ岳の戦い」(しずがたけのたたかい)へと発展したのです。

開戦前、前田利家は豊臣秀吉と柴田勝家のどちらに加勢するべきか迷いました。豊臣秀吉は、若い頃から苦楽をともにした親友です。とはいえ、織田信長の怒りを買ったときに、助命嘆願をしてくれた柴田勝家にも恩義を感じています。
「豊臣秀吉殿か、それとも柴田勝家殿か・・・。」迷った末に前田利家は柴田軍に加わったのですが、戦の最中、豊臣軍と戦うことができずに撤退しました。
この前田利家の撤退が柴田勝家にとって大きな誤算となり、賤ヶ岳の戦いは豊臣秀吉に軍配が上がります。
その後、豊臣秀吉に加勢することを決めた前田利家は、柴田勝家が籠城する「北ノ庄城」(きたのしょうじょう)を攻める際、獅子奮迅の働きをして城を落とすのに大きく貢献。
戦後、褒美として加賀の領地を賜ると、それからは豊臣秀吉の家臣として忠義を尽くしました。
1585年(天正13年)、越前の大名「丹羽長秀」(にわながひで)が没すると、越前も前田利家が治めることになります。こうして能登、加賀、越前の3国を手中にした前田利家は、北陸の大領主となったのです。

1590年(天正18年)、豊臣秀吉が関東の大名である北条家と戦った「小田原攻め」(おだわらぜめ)で、前田利家は豊臣軍の総指揮官を任されました。
豊臣軍が勝利すると、ついに全国の統一が果たされ、天下人・豊臣秀吉が誕生します。
天下人となったあとも明(現在の中国)の支配に乗り出して、野望を追い求めた豊臣秀吉ですが、1598年(慶長3年)に没しました。そして、その翌年の1599年(慶長4)に前田利家も友のあとを追うかのように旅立ちます。享年61歳。おそらく、まつがその最期を看取ったことでしょう。
江戸時代になると、前田家の治める能登、加賀、越前は加賀藩となり、その広大な領土から「加賀百万石」と呼ばれるようになりました。
江戸時代に大いに繁栄した加賀藩ですが、その礎を築いたのは前田利家に他なりません。

まつに嫌味を言われるほどの倹約家だった前田利家

倹約家だった前田利家
倹約家だった前田利家

前田利家には、戦場で勇ましく槍を振るった武人としての姿からは想像できない一面がありました。当時、伝来したばかりのそろばんをはじいて、お金の計算をするほどの倹約家だったのです。
前田利家が倹約家になるきっかけは、若き日の苦労にあったとされています。
まだ20代の前田利家は、織田信長の腹違いの弟を斬ったことにより、織田家を追放されて浪人となる憂き目に合いました。このときに貧しい生活を経験し、お金の大切さに気付いたわけです。

倹約家だった前田利家と、その妻であるまつが面白いやりとりをしたという逸話があります。あるとき、前田利家は例のごとくそろばんをはじきながら、なにやら困っていました。
戦に備えて兵を集めていたのに、節約のために給金を低くしたので兵が集まらなかったのです。
これを見ていたまつは「お金に槍を待たせて、戦に連れて行ってはいかがですか」と、嫌味を言ったとされています。この逸話から、前田利家の度を超えた倹約家ぶりが分かるでしょう。

しかし、前田利家は親しい人のために使うお金は惜しみませんでした。例えば、親交のある大名が困窮し、家臣を養うことができなくなってしまったときは、迷うことなくお金を貸したのです。
お金と同じくらいに、人情も大切にした前田利家。このように優れた人物だったからこそ、国を3つ(能登、加賀、越前)も統治できたのでしょう。

前田利家に関連する城

戦国時代、武功を重ねて、能登、加賀、越前を治める大名にまで出世した前田利家は、いくつもの城を本拠にしました。例えば、前田家代々の当主に受け継がれてきた荒子城や、7つの尾根に跨っている七尾城です。
ここでは前田利家の本拠だった城が、どのような歴史や逸話を持っているかをご紹介します。なお、4つの城は前田利家とかかわった年代の古い順に並べました。

荒子城(あらこじょう):愛知県名古屋市

前田利家の父、前田利春が築城しました。前田利家は荒子城で生まれたとされており、約12年間をここで過ごしています。
荒子城は、監視する砦として利用されていました。
城郭は東西約70m、南北約50mで、規模はやや小さめ。城内には前田家の祖先である「菅原道真」(すがわらのみちざね)を祀る神社もあったとされています。
しかし、1581年(天正9年)に前田利家が七尾城に移り住んだのち、廃城となりました。
現在、荒子城の城跡は富士権現社という神社になっており、境内には前田利家の生誕地であることを示す碑が立っています。

七尾城(ななおじょう):石川県七尾市

七尾城跡
七尾城跡

能登の山中に築かれた山城で、その名称の由来は、7つの尾根に跨っていることにあります。
1430年(永亭2年)頃、能登の領主である畠山家が築きました。築城当初は小規模な砦でしたが、拡張が繰り返されて規模が大きくなっていきます。
1581年(天正9年)、前田利家は七尾城を居城にしました。その翌年の1582年(天正10年)「本能寺の変」が起きると、その戦乱に乗じて他国の大名が前田利家の治める能登を攻めようとする動きを見せます。そこで、前田利家は城周辺の村から材料や人手を集めて、七尾城の守りを固めるべく改修工事に着手。敵の侵入を防ぐ石垣が築かれました。
現在でも、その石垣は残っており、戦国時代の建築技術を調べるための貴重な資料となっています。なお、七尾城は日本5大山城のひとつに選ばれるほどの名城です。

小丸山城(こまるやまじょう):石川県七尾市

前田利家は、七尾城が港から遠かったため、小丸山城に本拠を移しました。港から遠いと、領主として流通を監督するのに支障をきたしかねない、港から近い場所に小丸山城を築いたのです。
海と川に囲まれた丘陵に立つ小丸山城は、海と川が天然の堀として機能したので、高い防衛力を備えていました。

現在、小丸山城の城跡は小丸山公園となっており、園内には前田利家と妻であるまつの像が立っています。また、ソメイヨシノやシダレザクラなどが咲く、桜の名所としても人気です。

金沢城(かなざわじょう):石川県金沢市

金沢城
金沢城

加賀百万石の象徴として知られる城ですが、もともとは寺院でした。1470年(文明2年)~1580年(天正8年)頃まで加賀を支配していた一揆衆は、この寺院を軍事拠点として利用していたのです。しかし、寺院は織田家によって攻め落とされたのちに、金沢城に改築されています。

その後1583年(天正11年)、前田利家がこの城を居城としました。城造りの名人である武将「高山右近」(たかやまうこん)や嫡男である「前田利長」(まえだとしなが)に、城の改修を命じています。
改修によって壮大な石垣と櫓が完成し、威厳を備えるようになりましたが、江戸時代と明治時代に起きた火事により、ほとんどの施設が焼失してしまいました。

現在もいくつかの石垣や櫓、門は残っており、往時の雰囲気を漂わせています。
なお、金沢城の隣にある「兼六園」は、加賀藩の歴代藩主が長い年月をかけて造った庭園です。

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