浜松城

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【城郭】 城郭は南北約500メートル、東西約450mの地域にわたり、三方ヶ原台地の斜面に沿っています。 |
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【野面積み】 石垣は珪岩を使った野面積みと言われる物で、築城当時そのままの野戦城にふさわしく荒削りの石を使って頑丈に築城してあります。 |
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【天守閣】 天守閣、本丸、二の丸、三の丸がほぼ一直線に並び、その他作左曲輪、出丸などもあります。 |
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【徳川家康】 「若き日の家康公」と題する像です。確かに駿府城の物に比べてかなりに若いように見えます。 |
【解説】
浜松城は徳川家康が築いた物です。
家康は1568(永禄11)年に三河から遠江に入り、各地を転戦して諸城を従えたあとに、浜松城の築城に着手しました。
家康は29歳のとき、この浜松城に移り1586(天正14)年45歳で駿府城(静岡市)に入るまで在城17年の長きに及んでいます。
家康にとって、この浜松在城17年間は徳川300年の歴史を築くための試練の年でもあり、浜松城は出世城と言われています。
明治維新後、城郭は壊され荒廃になり、1958(昭和33)年春、浜松市民の努力が遂に実を結び旧天守閣跡に立派な新天守閣が再建され、1959(昭和34)年6月1日、市の史跡に指定されました。
【データ】
- よみ:
- はままつじょう
- 所在地:
- 静岡県浜松市元城町
- 別名:
- 曳馬城
- 建造物:
- 平山城・模擬天守