【刀剣ワールド/城】日本の城ブログ|シロサンポ

日本全国にお城はたくさんありますが、昔の天守が残っている現存天守は12城のみ。そのうち、国宝に指定されているのは5城だけです。国宝五城と呼ばれる日本の城は、姫路城と彦根城、松本城、犬山城、松江城の5つ。どのお城の天守閣も内部を見学することができます。日本人なら一度は訪れてみたい、日本の国宝五城。その歴史や見どころをご紹介します。

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2018年9月25日

1度は訪れてみたい!日本の国宝五城

1度は訪れてみたい!日本の国宝五城

かつて日本には20,000以上ものお城があったと言われています。しかし、戦国時代の数々の戦や外国との戦争、そして明治の廃城令によって、そのほとんどが失われました。

現在天守閣のあるお城は全国で90城ほど。そのほとんどが、復元天守や復興天守、模擬天守です。江戸時代、もしくはそれ以前のものが残っている現存天守は全部で12城のみ

すべて数々の危機を乗り越えてきた奇跡的な存在のお城ですが、その中の「姫路城」と「彦根城」、「松本城」、「犬山城」、「松江城」の5城が国宝に指定されました。日本人なら一度は訪れておきたい貴重な国宝五城。その歴史や見どころをご紹介します。

現存12天守のひとつで最も大きい天守「姫路城

現存12天守のひとつで最も大きい天守「姫路城」

国宝五城の中で、唯一ユネスコの世界文化遺産にまで登録されているのが、兵庫県の姫路市にある姫路城です。

JR、山陽電鉄の姫路駅からは徒歩約20分、バスなら姫路駅より神姫バス「大手門前」で下車(約5分)、徒歩5分程で行くことができます。

姫路城は、1346年(正平元年)に赤松貞範によって築城されました。三層の天守閣を作り、石垣で城郭を囲む形にしたのは、羽柴秀吉こと豊臣秀吉で、そののち、池田輝政が白壁の連立式天守を築城。

そして池田輝政の次の城主、本多忠政が西の丸や三の丸などを作り、現在の姫路城の姿が完成したと言われています。

姫山と言う標高46m程の小高い山の上に建ち、5重6階の大天守と、3つの小天守からなる美しい連立式天守閣は、日本の城の中でも一番大きな現存天守です。天守の城壁は白漆喰で塗られており、その白く美しい姿から「白鷺城」とも呼ばれています。

2009年(平成21年)から約5年半という歳月をかけて行なわれた平成の修理が終わり、現在はさらに美しさを増した、光り輝く姫路城を見ることができるのです。

姫路城は、現存天守だけでなく、石垣や櫓、土塀、門などが当時の形で残されている貴重なお城です。そのため、見どころもとても多く、世界中から多くの観光客が訪れています。

国宝に指定されているのは、大天守と東小天守、西小天守、乾小天守、い・ろ・は・にの渡櫓4棟の合計8棟です。重要文化財に指定されているのは、化粧櫓、ニの櫓、折廻り櫓、水の一門、水の二門、菱の門、備前門、い・ろ・は・にの門、ぬの門などの合計74棟。

修復を繰り返しながらも、創建当時の状態をほぼ維持してきたために、日本独特の城郭の構造を知ることができるのです。

姫路城には、播州皿屋敷でお菊が投げ込まれたとされる「お菊井戸」や、宮本武蔵が妖怪退治をしたと言い伝えのある「刑部神社」など、伝説にまつわる見どころもあります。

時間のない人は、天守閣だけを見学することもできますが、できれば2時間ほど時間をかけて、敷地内をじっくりと見て回りたいお城です。

ARやコンピューターグラフィックスを利用して城内の解説をしてくれる、無料の専用アプリ「姫路城大発見アプリ」もありますので、出かける前にはぜひスマートフォンやタブレットにダウンロードしてみてはいかがでしょうか。

【施設情報】

国内で唯一、城内に馬屋が現存する「彦根城

国内で唯一、城内に馬屋が現存する「彦根城」

彦根城は滋賀県彦根市にあるお城で、JR彦根駅から徒歩約15分で行くことができます。「金亀山」という異名を持つ彦根山に建てられているため、別名「金亀城」とも呼ばれているお城です。

彦根市にはもともと、石田三成が居城していた佐和山城があり、関ヶ原の戦いのあとに徳川四天王のひとりだった井伊直政が入城しました。

しかし直政はこのお城が気に入らず、新たな城を建てようと計画。ところが直政は戦の傷が癒えず死去してしまい、まだ幼い井伊直継に家督が譲られました。

1604年(慶長9年)に徳川幕府主導のもと、彦根城の築城が開始され、1606年(慶長11年)に天守が完成し、直継が入城。

1616年(元和2年)からは徳川幕府の手を離れ、彦根藩の手のみで御殿などが加増され、1622年(元和8年)にすべての工事が完了し、彦根城が完成しました。

その後は代々、井伊家が城主として君臨。幕末時代に幕府の大老として名をはせた井伊直弼(いいなおすけ)は、藩主となるまで彦根城の城下で過ごし、そのときの屋敷は「埋木舎」(うもれぎのや)と呼ばれ、現在でも残っています。

彦根城で国宝に指定されているのは、「天守」と「附櫓」及び「多聞櫓」。重要文化財に指定されているのは、「天秤櫓」、「西の丸三重櫓」と「続櫓」、「佐和口多聞櫓」、「太鼓門櫓」と「続櫓」、「馬屋」です。

特に重要文化財に指定されている「馬屋」は、城内に残っている馬屋としては、全国の城の中でも彦根城にしかない物で、とても珍しい物だと言われています。

彦根城は華美な装飾が施され、外観の美しさにも優れていますが、内部は実戦的で、軍事的な造りが特徴です。天守には82ヵ所もの「鉄砲狭間」や「矢狭間」と呼ばれる小窓があります。

天守の階段も、武器を手にした敵が上がって来ることができないように、62度という急階段になっていますので、見学の際には注意が必要です。

また、彦根城には別名「時のオルゴール」とも呼ばれている時報鐘があります。幕末期12代藩主だった井伊直亮が、より音色の美しい鐘にしようと、小判を入れて造ったと言われているこの時報鐘は、現在でも朝6時から夕方6時まで3時間おきにつかれており、日本の音風景100選にも選ばれています。

琵琶湖から水を引き入れているというお堀には、屋形船が遊覧していますので、時間がある方は優雅に屋形船から彦根城を眺めるのもおすすめです。

【施設情報】

5重6階の天守として日本最古「松本城

5重6階の天守として日本最古「松本城」

松本城は長野県の松本市にあるお城で、JR篠ノ井線の松本駅からは徒歩15分程。現存している12天守のお城の中で、唯一の平城となり、本丸や二の丸、三の丸は大きな三重の水堀に囲まれています。

築城されたのは1504年(永正元年)ごろ。もともとは深志城と呼ばれていたお城を発展させたもので、以前は深志城と呼ばれていました。

天守の壁面の上部は白漆喰、下部を黒漆塗りの下見板で覆われているため、全体的に黒いお城に見えることから、別名「烏城」とも呼ばれています。

大きな堀に囲まれた松本城は、背後に北アルプスの雄大な姿を見ることができる、素晴らしい景観のお城です。

松本城の築城が着工されたのは1504年(永正元年)ごろですが、現在見ることができるような形になりはじめたのは1596年(文禄5年)以降のことで、石川数正や康長によって3重4階の連結式望楼型天守、その後、小笠原秀政の手によって、5重6階の連結複合式層塔型天守になったと言われています。

現存する5重6階の天守としては、日本で最も古いものです。国宝として指定されているのは、大天守、乾小天守、渡櫓、月見櫓、辰巳附櫓。国の史跡にも指定されています。

戦いの多い時代に建てられたという大天守や乾小天守、渡櫓の連結式天守は、窓が少なく、石落としや火縄銃用の鉄砲狭間などがありますが、戦いのない平和な時代になってから増築された月見櫓や辰巳附櫓には、戦いのための備えがありません。

月見櫓にいたっては、北側・南側・東側に板戸が施されています。東側の板戸を外せば美しい月の姿を愛でることができるよう、優美な造りになっています。

松本城の天守内の見学所要時間は1時間程。松本城に隣接している松本城公園には松本市立博物館もあり、大きなお堀に囲まれている松本城が、水に浮かんでいるように見える絶好の撮影スポットもあります。

【施設情報】

望楼型の天守は日本最古の様式「犬山城

望楼型の天守は日本最古の様式「犬山城」

犬山城は愛知県の犬山市にあるお城です。最寄駅の犬山遊園駅からは、徒歩約15分で行くことができます。

現存しているのは望楼型の天守のみというお城ですが、その天守が日本最古のもので、国宝に指定されています。

3層4階地下2階建ての天守は、やや小ぶりではありますが、激戦地であった尾張と美濃の国境にあったため、多くの武将が取り合い、城主が目まぐるしく入れ替わった名城です。

別名は白帝城。木曽川沿いに建つ犬山城の景観の美しさを見て、荻生徂徠が中国の長江三峡にある、白帝城を詠った李白の漢詩から名付けたと言われています。

築城者は織田信長の叔父である織田信康で、1537年(天文6年)に建てられました。背後が断崖になっている後堅固の城には、一時は豊臣秀吉も入城していたことがあります。

江戸時代に入ってから、徳川家の重臣だった成瀬正成が犬山城を拝領。その後は幕末までずっと成瀬氏が城主を務めました。しかし明治時代の廃藩置県により、犬山城は終わりの時を迎えます。

天守以外のものはすべて壊され、天守は愛知県所有のものとなりました。その後、1891年(明治24年)に起きた濃尾大地震で天守が半壊し、その修繕を条件に、天守を旧藩主の成瀬家に譲与。

こうして2004年(平成16年)までの間、成瀬氏が所有する、日本でただひとつの個人が所有する城となりました。

現在は、13代当主成瀬正浩氏の妹である成瀬淳子氏が理事長を務める、公益財団法人 犬山城白帝文庫の所有となっています。

犬山城の見どころは、天守の東方に立っているご神木の「大杉様」と、築城当時の木材がそのまま残っていて歴史を感じることができる、木造建築の天守です。天守の最上階には外に回廊があり、犬山城からの絶景を楽しむことができます。

犬山城は、城下町も城郭構造が残る、風情がある街並みでとても素敵なので、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

【施設情報】

現存している唯一の正統天守閣「松江城

現存している唯一の正統天守閣「松江城」

松江城は島根県の松江市にあるお城です。JR山陰本線の松江駅からレイクラインバスに乗れば、所要時間約10分で松江城の大手前まで行くことができます。

松江城は、安土城 や大坂城の流れを汲む、現存している唯一の正統天守閣。正統天守閣というのは、天守閣から360度見渡すことができる望楼型である天守のことです。

桃山時代の建築様式で造られた、天守閣正面中央上部にある三角屋根 入母屋破風が、千鳥が羽を広げている姿のように見えることから、別名「千鳥城」とも呼ばれています。

1935年(昭和10年)に国宝に指定されましたが、1950年(昭和25年)に文化財保護法制定によって重要文化財へと変更。その後、2015年(平成27年)に国宝に再指定され、国宝五城と呼ばれる日本の城のひとつになりました。

松江城が築城されたのは、1611年(慶長16年)。出雲・隠岐の領主である堀尾吉晴が1607年(慶長12年)から5年の歳月をかけて完成させたと言われています。

国宝に指定されているのは、天守と、祈祷札2枚、鎮宅祈祷札4枚、鎮物3点の附(つけたり)。特に2012年(平成24年)に発見された2枚の祈祷札は、築城時期を特定できる貴重なもので、国宝再指定の大きなきっかけとなりました。

現在は松江歴史館に収蔵されています。松江城の大きな特徴にもなっている、屋根のてっぺんにある2匹の鯱鉾は木造銅張りで、現存している木造の鯱鉾としては日本最大のものです。

松江城はいつ戦になるか分からないという緊迫した時代に建てられたため、戦に備えた実践的な造りになっています。城内には井戸跡を含む21ヵ所もの井戸があり、天守の地下にも井戸があるという珍しい造り。

他にも、厚さ約10cmもある桐の板を使った階段など、他のお城では見ることができない特殊なものもあります。

松江城の見学所要時間は30分程。松江城もお堀に囲まれており、屋形船での遊覧が可能です。屋形船でのお堀1周にかかる時間は約50分。船の上からのんびりと松江の街やお城を眺めることができます。

【施設情報】

※この記事は、2017年7月時点の情報に基づいて作成されています。

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