ご希望の日本の城情報を無料で検索できます。

施設検索/ホームメイト・リサーチTOP

城ワールド
日本の城
トップページへ戻る
トップページへ戻る

日本の城用語集(あ行)



日本の城に関する情報を検索できる「城ワールド」が、日本の城に関する用語(あ行)をご紹介します。お城用語などの予備知識があれば観光の面白さも数倍に!日本の城のことがよくわかる日本の城用語集をご活用下さい!

合坂

合坂とは、日本の城やその周囲の構造物に用いられてきた石段の様式のひとつ。城の防護用に土を盛って土手を築いたり、石垣を設けたりするが、こうした塁を上り下りするために坂道や石でできた階段が用意される。この階段を2つ、V字型になるように向きを設定したのが合坂である。2つの石段や坂を双方から人が下りてくると、互いに向かい合うような構成になる。上り口や下り場がひとつのスペースに集中するため、戦のときには兵が混乱を起こしやすいのがデメリット。しかし、外から土塁や石垣へアクセスする地点が限られている場合をはじめ、城を建築するときの様々な事情からいくつかの城で採用されていた。合坂があった城としては、九州にある肥前名護屋城などがある。

間詰石

間詰石とは、日本の城の石垣において、大きな石の隙間を埋めるように配置される石のこと。大きな石同士の間に入れやすいよう、小さな石が選ばれる。大きな石垣には自然の石をそのまま積み上げる「野面積(のづらづ)み」や、形を整えた石をきっちり合わせて積む「切り込みはぎ」などがあるが、このうち石と石の間に隙間ができやすい野面積みの石垣に間詰石が多く用いられる。間詰石は補助的な役割を果たす石であり、厚さや大きさは揃っていないのが一般的。石垣の表側においては、こうした小石の他に瓦などが大きい石の間を微調整するのに使われた。石垣の裏にも小さく砕いた石などが敷き詰められるが、こちらは栗(ぐり)石と呼ばれる。

不明門

不明門とは、通常は使うことがなく、ほとんど開かれることがない門のことを指す呼称である。日本の城や寺社建築などの門について言うことがあり、国内にはいくつかの不明門が存在した。城においては、外との境界にある大手門(おおてもん)ではなく、搦手門(からめてもん)に多い。例えば、岡山県にある岡山城では、政治を行なう場や藩主の公邸としての役割を持つ「中の段」と、藩主が日常生活を送る御殿がある「本段」があったが、この2つの段の間に不明門と呼ばれる門がある。本段へは限られた身分の人のみが入れたため、通常は閉ざされていたことにその名前は由来する。また寺院では、京都府の因幡薬師堂平等寺は正面にある門がいつも閉ざされていたことから、その前にある通りに不明門通の名が付いたなどの例も。

的土

的土とは、日本の城付近に設けられることがある盛土の一種である。城のなかでも戦をするときに主な出入り口となる場所を虎口(こぐち)と呼ぶが、この虎口あたりにある土塁などの外側に配置され、城の外から土塁より内側の様子を窺い知ることを防ぐ。また、外の敵が弓矢を放つときに的となって弓を受けさせたり、出入口のスペースを狭く区切ることで敵兵が一気に入口へ押し寄せることを妨ぐなどの目的で造られたと考えられる。敵の侵入を阻止するために土で造った壁と言う意味では、土塁と同様の意味で用いられる用語でもある。虎口の構造物としては、的土は土を盛るだけの簡単な物であったが、のちに土塁や堀などで構成するより防御力の高い「馬出」(うまだし)へと発展していった。

安土馬出

安土馬出とは、日本の城における防御用の仕掛けのひとつである。城のなかでも戦をするときの主な出入り口となる場所を虎口と呼ぶが、この虎口には様々な仕組みが考案され、馬出(うまだし)と言う防御力を高めるための構造物も造られることがあった。馬出とは、虎口の門の外に防御用に設けた小さな曲輪(くるわ)のことである。なかでも、土塁や堀によって虎口の前に一文字の土居を築いたシンプルな物を安土馬出と呼ぶ。馬出には他に、半円形に堀や土塁、石垣を築いた「丸馬出」などいくつかの種類がある。馬出はもともと馬を外に出すための設備であったが、次第に出入り口付近で敵が足を一旦止め、一直線に攻め入ることを防げると言う点が重要視されるようになっていった。

穴蔵

穴蔵とは、地面や盛った土をくり抜くように掘った穴のこと。横穴や竪穴がある。なかは様々な物を備蓄しておく倉庫として使われるのが一般的。すでにある建物を利用して、同様に物を備蓄したり収納したりできるようにした施設についても穴蔵と呼ぶことがある。日本の城においては、天守台や御殿、櫓台(やぐらだい)と言った大きな建物の地階部分に造られることもあった。形式としては天守台などの内側に穴を設け、土や石畳の床を敷いた土間である物が多く、その建物の出入り口をかねている場合もある。国宝に指定されている愛知県の犬山城に残っている穴蔵をはじめ、岡山県の岡山城や和歌山県の和歌山城などでも遺構を見ることができる。

穴太衆

穴太衆とは、安土桃山時代に活躍した石垣造りに関する職能集団のことである。戦国大名らの城や、寺院建築などの石垣施工を担った。もともとは滋賀県の琵琶湖湖西にある穴太(あのう)と言う地に住んで古墳築造などを行なっていた石工の末裔。横穴式石室墳の石室作りに携わっていたのが、最澄とのかかわりから比叡山の土木工事を請けるようになり、伽藍の造成や寺院の石垣をはじめ、登山道や水田整備のための石垣なども担うようになったと推測されている。延暦寺や日吉大社の門前町付近で寺院の石工に取り組んでいたが、その技術力を評価されて安土城の石垣を施工し、織田信長や豊臣秀吉などが城郭の石垣構築にも携わらせるようになった。江戸時代までに造られた石垣のある城では、多くが穴太衆の指揮による物だったと伝わっている。

穴太積み

穴太積みとは、城や寺院などにある石垣の建築様式のひとつ。滋賀県の大津市坂本近くにある穴太と言う地域を中心に古くから活動してきた石垣造りの職能集団、穴太衆(あのうしゅう)が手がける石垣のことを指す。穴太衆は延暦寺や日吉大社の門前町付近で寺院の石工に携わっていたが、その高い技術力を買われて安土城の石垣を施工し、織田信長や豊臣秀吉などが多くの城郭の石垣構築を任せるようになったと言う説により、その名が知られる。穴太積みは自然石をそのまま組み立てる野面積(のづらづ)みと呼ばれる手法がベース。ひとつひとつの石の形や特徴を良く把握し、適所に自由に配置する技術を持って、堅固で見た目にも安定感のある石垣を造る、と言った特徴がある。

石落し

石落しとは、日本の城において採用されることがある造作のひとつ。城を守るために、天守閣や櫓、塀などの壁の一部にあえて空けた隙間や穴のこと。平時には隙間や穴は蓋で閉じられているが、壁をよじ登ってくる敵があれば、この隙間や穴から石を下方向へ落として敵を追い払うことが可能。戦のときには石に限らず、そこから火縄銃や矢を放ったとする説も。石落しは通常、壁を部分的に石垣から少し張り出させることで隙間を作る。例えば国宝に指定されている兵庫の姫路城では、壁の一部をやや斜めに張り出させて、下に横長の隙間を作って石落しとしている。愛媛県の松山城では、窓の外に取り付ける戸袋のように箱型の石落しが設けられた。

一城別郭

一城別郭とは、日本の城における様式のひとつ。ひとつの城郭建築のように見えて、敷地内に2つの郭を造った物。郭は城の中核となる本丸などを意味する。敵がやって来たときには片方の郭が攻め落とされても、もう一方の郭を中核として戦うことができる。攻め込まれたときにどちらも落とされることを防ぐために、2つの郭の間に谷や堀などを挟んで設計する場合が多い。例えば、静岡県に遺構がある高天神城(たかてんじんじょう)は一城別郭の城として知られ、複雑に入り組んだ尾根を持つ鶴翁山(かくおうざん)の地形を利用し、頂点の標高がほぼ同じの東西2つの峰にそれぞれ主郭を置いた物であった。高天神城は遠州の要衝の城として、戦国時代には武田、徳川の両家が争奪戦を展開した歴史を持つ。

一の門

一の門とは、日本の城の出入り口となる門の呼称のひとつ。四角型の塀で囲むように作る門を枡形(ますがた)門と言うが、この桝形門は通常2ヵ所の出入り口が設けられ、その出入り口をそれぞれ「一の門」、「二の門」と呼ぶことがあった。桝形門では、城のなかへ敵が一直線に進入できないよう、一の門と二の門は直角方向の壁に設けられたり位置を左右にずらしたりする方法が採られる。通常、一の門は外から城へ入るときに最初にくぐる門であり、様式は高麗門が採られる。二の門は櫓門の様式とするのが基本で、一の門をくぐった先にあってより大きな造りになっていた。ただし、長野県にある松本城の桝形門では、城から見て外側にあるほうの門を二の門とするなど、一の門と二の門の呼び方が逆になっている場合もある。

一夜城

一夜城とは、非常に短い工期で造られた城を意味する。城を攻めるときに、野戦の陣地として建てられた。一夜城と言う名称だが、実際には1日で建築された城はない。代表的な例として知られるのは、「前野家古文書」や「甫庵太閤記」などに記載され、岐阜県にあったとされる墨俣城(すのまたじょう)である。墨俣城は織田信長が美濃の斎藤氏を攻めるときに、のちに豊臣秀吉となる木下藤吉郎が築いた。諸説があるが、藤吉郎は美濃の軍勢を様々な策を凝らして撃退しながら城を建てる準備を行ない、雨で戦闘が中断したときに材木を組み立て、ほんの数日で城を完成させたと言われる。他、豊臣秀吉がかかわった神奈川県の石垣山城なども一夜城と呼ばれる。

井戸曲輪

井戸曲輪とは、日本の城に関する用語のひとつで、井戸や溜池などを有する曲輪のことである。水の手曲輪(みずのてくるわ)とも呼ぶ。曲輪とは、戦や政治を行ないやすくするために、土地の一定範囲を区切った物。土を盛って堤防のようにする土塁をはじめ、石垣、堀などで区画する。主な曲輪には城の司令部となる「本丸」や、本丸を守るための「二の丸」などがあるが、飲み水などを供給できる井戸曲輪も重要な役割を果たしていた。特に、敵が城を攻められたときに城内に立て籠もる作戦を取る場合、井戸曲輪は生命線となる。そのため、頑丈に造られることが多かった。井戸曲輪の遺構が見られる場所としては、神奈川県の石垣山城の跡地などがある。

犬走り

犬走りは日本の城に関する用語のひとつであり、建築用語として今も使われることがある。犬が通れる程度の狭い幅の道にしたことが、名前の由来。犬走りは鎌倉時代から存在し、日本の城においては、敷地内にあって塀の外側にあり、垣までの狭いスペースのことを意味する。土居の見回りを行なうために必要であるとされた。また、上部にそびえる城郭建築や石垣などの地盤を補強するために備えられることもある。こうした理由から、城では土居の方向と平行に犬走りが設計されるのが一般的。犬走りがあると敵が城へ近づくときの拠点になって、敵が踏み入りやすくなるなどの短所もあった。大阪府の岸和田城にある犬走り石垣が特に有名。他に愛媛県の今治城などにも犬走りがある。

入母屋

入母屋とは、建築用語のひとつである。日本の城や神社など、古くから伝わる建築物の屋根に用いられる様式の一種。格式の高い屋根の形であり、城では天守や櫓に採用されることが多い。形状としては、上部に本を開いて伏せたような形の「切妻造」(きりづまつくり)、さらに下部には4方向へ面を下ろす「寄棟造」(よせむねづくり)の組み合わせ。切妻造の部分に三角形の空間ができるが、ここを入母屋破風(はふ)と呼ぶ。屋根本体の構造とは独立して、屋根の上に切妻破風を置く場合は千鳥破風と言った。日本では城に天守閣が造られ始めたころには入母屋造が好まれたが、次第に簡素化されて千鳥破風による装飾が行なわれるようになった。

埋門

埋門とは、日本の城における門のうち、敵からは出入り口とは気付かれないように、こっそりと用意されている門のことである。城の主が脱出するときの通り道とするなどの目的で設けられる。通常、城の門は瓦を使った切妻屋根で装飾するなどして、城の風格を表現することが多いが、埋門の場合は石垣や堀の下をくり抜くように造られた簡素なスタイルである。必要なときを除いては通行ができない状態にするために、埋めやすく造られた。各城では埋門を抜けたあとの極秘の脱出経路も決められていることがあった。香川県の高松城では、外部から侵入するときの最初の出入り口となる旭門のうしろに埋門が造られ、その現存物を見ることができる。他に、愛知県の名古屋城跡などでも埋門が見られる。

打ち込み接ぎ

打ち込み接ぎとは、日本の城にある石垣について、積み方で分類したときの種類のひとつである。石垣は土塁の表面を石で固めて強化した防御用の構造物であるが、その造り方にはいくつかの方法が開発されていた。なかでも、積んでいく主要石の角や面を叩いて平たくし、ある程度整形してから積み上げるやり方を打ち込み接ぎと言う。主要石同士の間にできた隙間には、間詰石(あいづめいし)と呼ばれる小さな石を打ち込んでいく。自然石をそのまま積む野面積み(のづらづみ)よりも主要石同士の隙間が少ないので、敵は石垣を登りにくくなるなどのメリットがある。戦国時代の後半にはこの打ち込み接ぎによる石垣が普及した。打ち込み接ぎの石垣が採用された城としては、広島県の広島城などがある。

内堀

内堀とは、堀をその位置に注目して分類したときの種類のひとつである。堀とは、地面を細長く掘った構造のことで、日本では弥生時代から存在したことが遺跡発掘から分かっている。戦国時代にも敵が城へ攻め入ったり、動物が中へ侵入したりするのを防ぐ目的で、ほとんどの城で採用された。規模の大きな城では、堀はいくつか形成され、区域一体をぐるりと囲む「外堀」、城の区域内において本丸などの曲輪を囲む「内堀」があるのが基本。外堀と内堀の中間に位置する「中堀」が存在する場合もある。内堀が有名な城としては愛媛県の今治城があり、ここでは大きな内堀に海の水を引き込み、軍事用の船を係留するための船入が用意されていたことで知られる。

畝状竪堀

畝状竪堀とは、日本のいくつかの城において用いられた防御用の設備の名称。堀の一種である。堀とは、地面を細長く掘って造った構造のことで、戦国時代には敵が城に攻め入ったり、動物が侵入したりするのを防ぐために城郭建築に採用された。通常、城の堀は施設を取り囲むように放射状に配置されるが、山城などでは山の上から下へ、縦に造られる物がある。これを竪堀と呼び、その竪堀がほぼ平行に数本並んだ物を畝状竪堀と区分する。畝状竪堀は、中世の山城では防御用の施設として備えるべき基本的な設備と言える物であった。畝状竪堀を形成することにより、斜面をつたって山上の城へ敵が押し寄せたり、山腹で横に移動したりするのを防止することができた。

畝堀

畝堀とは、日本の城で防御用の設備として造られた堀の一種である。堀とは、地面を細長く掘って造った構造のことで、戦国時代には敵や動物が城へ侵入するのを防ぐために多くの城郭建築で採用されていた。堀はなかに水を引いた水堀と、水を入れない空堀に2分されるが、さらに形状を工夫した物もあった。なかでも畝堀は、空堀の底に土手を掘って、直交に区画した堀を意味する。まるで田んぼの畝のように格子状の細い道が堀底に形成されているので、敵はその細い道上を一列になって進むことになり、守備側にとっては効率的に戦うことが可能になる。畝堀の遺構が見られる場所としては、国の史跡に指定されている静岡県三島市の山中城(やまなかじょう)が有名。

馬出

馬出とは、日本の城において、防御力を高めるために造られた構造物のひとつ。土や石でできた小ぶりの曲輪(囲い)であり、虎口の門の外に設けられる。虎口とは、城郭にいくつかある門のうち、戦の際の主な出入り口となる場所のこと。初期の馬出は、土塁や堀によって虎口の前に一文字の土居を築いたシンプルな安土(あづち)馬出であったが、次第に様々な形状の馬出が考案されていった。土製の曲輪を半円型にした「丸馬出」、四角形にした「角馬出」、2つの虎口を直角にまとめる囲いを配する「辻馬出」などがある。馬出はさらに発展して大きくなり、城から独立して建てられた「出丸」と呼ばれる曲輪も登場。1614年(慶長19年)の大坂冬の陣でその名を知られた真田丸は、この出丸のひとつである。

馬踏み

馬踏みとは、日本の城において設けられることがある防御用の仕掛けのひとつである。城に築かれた土塁などとりでの上にある平坦な部分のこと。城壁や城を取り囲む土塁の内側の整えられた通路や土塁へ上る坂を「武者走り」、土塁より外側で堀の間など幅の狭いスペースや土塁から外へ下る坂のことを「犬走り」と言うが、これらも馬踏みに含まれる。土塁の上に歩ける程度の幅を持たせた平地がある場合は、これも犬走り、あるいは馬踏みである。馬踏みの幅は城によって様々。馬踏みは戦のときには兵や馬が往来する場所として使われる他、犬走りは石垣の重みを分散させて安定感を保つなどの意味も持っていた。

海城

海城とは、日本の城のうち、海のすぐそばの場所に建ち、海を水上交通や城の防御に生かしている城のことである。堀には海水を引き、船を係留させる場所として船入や船着場を設ける。海に対して直接開く城門があるのが一般的。海の代わりに川や湖、沼などが同様の役割を果たす城とあわせて水城(みずじろ)とも呼ぶ。海城は瀬戸内海周辺に多く築かれ、代表的な例としては愛媛県の宇和島城が知られる。宇和島城は5角形を成していて、2辺が海に面し、残りの3辺は海水を引き込んだ水堀で囲まれていたが、すでに5辺を囲む海や堀はいずれも埋められている。他に海城として建てられたのは広島県の三原城(みはらじょう)や、福岡県の名島城(なじまじょう)など。

裏込

裏込とは、日本の城の石垣を構成する要素のひとつである。石垣とは、石を使って高く積み上げた塁のこと。表面には大きな石を多数配置するが、内側には直径10〜30cm程度の小石を詰め込む。この内側の構造を裏込と言う。小石同士は全面密着しているわけではないので、雨が降ったときには雨水が裏込の小石の隙間を流れていき、石垣の下へ排出される。こうして石垣の内側の排水をスムーズに行なうことができるが、裏込の仕組みがしっかり造られていなければ雨水がなかに溜まり、組んだ石を圧迫して崩壊させる危険性がある。裏込に使われる小さな石は裏込石、あるいは栗石と呼ぶ。

江戸城席次

江戸城席次とは、江戸時代に幕府が大名の格式を区分するために設けた制度のひとつである。各代表が江戸城へ勤めに出た際には、将軍に謁見するまで待機するとき、どの座敷や部屋が控え室として指定されるかによって身分が表された。殿中席次とも呼ぶ。将軍家との関係性に加え、どのような出自の大名であるのか、城郭を持っているか、官位や石高はどうか、と言ったことを総合的に判断して選別された。具体的には7つの控え室があり、最も位の高いのが「大廊下」で、ここは将軍家の親族である御三家と御三卿などが使った。次に上位とされる黒書院「溜之間」は、徳川氏の祖先の代から家臣としてしたがっていた譜代大名が指定された。この他、大広間詰、帝鑑之間、柳之間、雁之間、菊之間と合わせて、全部で7つの席があった。

円郭式縄張

円郭式縄張とは、日本の城における、曲輪や堀などの配置の種類を表わす名称である。一定のスペースを区切る仕切りや囲い、あるいはその範囲内のスペースのことを意味し、曲輪やその周りの堀や石垣、門などを構築するために縄を張って作業することを縄張りと呼んだ。縄張りにはいくつかのパターンがあるが、なかでも円郭式縄張は、中心となる本丸などの場所を囲むように、円形または半円形に土塁や堀などを重ねていく配置方法をとる輪郭式縄張のうち、全体が同心円状になっている物を指す。円郭式縄張による城郭設計は珍しく、静岡県の田中城が実施例として有名である。田中城は武田信玄によって攻め落とされたあと、円郭式縄張に設計されたと伝わる。

大手

大手とは、城の正面のことを意味する。敵を追い詰める方向を意味する「追手」と言う字でも書かれる。これは日本の多くの城が、攻められて籠城するとき、戦闘を効率的に行なうためにこの大手にある門付近に敵を寄せ付け、城から打って出た兵で追い詰める、と言う構造になっていたためである。大手に位置する出入り口を大手口(おおてぐち)、門を大手門(おおてもん)と呼ぶ。大手にある門は城へ入ろうとする者を威圧するために、巨石を置いたり石垣で固めたり、大規模な櫓門を置いたりと堅牢な造りにされるのが一般的。各地の城の大手があった場所は今も地名にその名を残し、大手町とされている例も多い。

大手口

大手口とは、ひとつの城の区域内へ踏み込むために設けられていたいくつかの入口のなかでも城の正面にあたる入口のことである。大手口には大手門と呼ばれる門が置かれた。敵を追い詰める方向を意味する「追手」と言う字を使って、追手口と書かれることもある。これは城を攻められて籠城するとき、戦闘を効率的に行なうためにこの大手口にある門付近に敵を寄せ付け、城から出た兵で追い詰めると言う構造になっているためである。城に入ろうとする者を威圧できるように、大手門は石垣で固めたり、桝形の構えにしたりしていることが多い。重要文化財に指定されている大阪府の大阪城の大手門をはじめ、いくつかの城で大手口の構造が今も残る。

大手門

大手門とは、日本の城の構成要素である門が置かれた場所に注目した分類のひとつであり、城の正面に位置する門のこと。敵を追い詰める方向を意味する「追手」と言う字を使って、追手門とも書く。城を攻められて立て籠もる作戦を取るとき、この大手門の場所に敵を寄せ付けて戦闘を集中させるための場所とされている。こうした目的から、石垣で固めたり、桝形の構えにしたりして、城に入ろうとする者を威圧するような設計にされることが多い。大手門に対する城の勝手口や裏口の門として搦手門(からめてもん)があり、城から打って出る兵がこの門から登場し、大手門に集まった敵を追い詰める仕組みになっている。現存する大手門としては大阪府の大阪城、京都府の二条城北大手門などがある。

御三階櫓

御三階櫓とは、日本の城における天守建築の呼称のひとつである。天守とは城を象徴する建物であり、3階建て、5階建てなどの域内でも最も高層の建築となることが多く、通常は城の主が指揮をとる場所である。しかし、江戸時代には天守建築の形状であっても、天守閣とは呼ばずに御三階櫓と称された物もあった。これは、江戸城の天守が明暦の大火によって焼失し、そののちは再建をしなかったことから、徳川家へ遠慮をして使われた呼称である。特に関東では、小田原城と沼田城を除き、3階建ての天守建築は御三階櫓とされた。石川県の金沢城のように、5階建ての構造でありながら御三階櫓と称された物もある。現存する御三階櫓では、青森県の弘前城の物などが知られる。

お城まつり

お城まつりとは、城や城跡がある日本各地の自治体において開催される行事のことである。城の敷地内などを会場に、春や秋に開催されるのが一般的。自治体によって、仮装パレードや踊り、地元団体の吹奏楽演奏、各種ステージ、民俗体験、飲食ブースなど、様々な催しが企画されてきた。例えば、滋賀県では彦根城の区域内や彦根市内を、衣装を着た子どもの行列、井伊の赤鬼家臣をモチーフにした鎧で身を包んだ行列など総勢1000人程度が練り歩くパレードを例年11月に実施。兵庫県では、毎年5月に姫路城周辺で姫路お城祭りを開き、薪能など伝統芸能のステージや、各地のチームが参加するよさこい踊りを行なうなど、毎年様々な企画で盛り上がる。

帯曲輪

帯曲輪とは、日本の城に取り入れられることがある構造物のひとつである。一定のスペースを区切る囲い、あるいはその範囲内のスペースのことを曲輪(くるわ)と言うが、帯曲輪はその一種。主要な曲輪の周りに配し、守備力をより強化するために帯状に造られる細長い曲輪のことを意味する。ある程度の長さがあり、帯曲輪よりも短い物は腰曲輪(こしぐるわ)と呼ばれる。帯曲輪があることで、城を攻める側にとっては一度にたくさんの兵を動かすことが困難になる。また、大阪城の本丸西側に築かれて「隠し曲輪」と呼ばれた物のように、兵の隠し場所としておいて、城のなかに侵入してきた敵をうしろから攻撃するなどの守備方法に生かされた例もある。

投稿ユーザ様募集
掲載施設様様募集

投稿ユーザーの方へ

パスワードを忘れた方

投稿ユーザーに登録する

投稿ユーザーに登録される方は、
「投稿ユーザーに登録する」ボタンを
押して下さい。

施設検索/ホームメイト・リサーチ公式キャラクター 歌舞伎パンダ「検太郎」
施設検索/ホームメイト・リサーチLINE公式アカウントをご紹介!
ホームメイト・リサーチ公式アプリ ピカ写メのご紹介!
「ピカ写メ」アプリの機能をご紹介。ダウンロードはこちらから!
施設のお役立ち情報「生活施設辞典」
生活施設に関する、知っておくと便利な情報・役に立つ情報が満載!

施設検索ホームメイトリサーチは、
モバイルでもお楽しみ頂けます。

スマートフォンからも、サイトをご覧頂くことができます。
携帯からも、サイトをご覧頂くことができます。
デバイスイメージ

その他、タブレットでもご覧頂けます。
施設検索ホームメイト・リサーチご紹介ページ

いつでもどこでも「施設検索/ホームメイト・リサーチ」サイトへ一発アクセス!
タブレットやスマートフォンから弊社サイトへすぐにアクセスできる便利なボタンを設定できます。