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クノイチとは



忍者について詳細に書かれた書物はほとんど残されていませんが、様々な文献などから歴史を繙いていくことで、その姿が明らかにされてきました。今でも忍者の研究は盛んに行なわれていますが、なかでも「クノイチ」の存在は謎に包まれた部分を多く残す存在です。

クノイチの役割

クノイチの役割

クノイチとは女性忍者のことを指します。漢字の「女」を分解すると「く」「ノ」「一」の文字になることからこの名が付けられましたが、いうなればこの呼び名は暗号の役割も果たしていたようです。

忍術のなかには人遁十法とよばれるものがありました。主に諜報活動を行なう忍者は敵を欺く術に長けていますが、これは人を用いて相手を欺く技術のことです。この中には女遁と呼ばれる忍術があり、敵の要人に女性を送り込み油断させ、重要な情報を引出させました。今でいうところのハニートラップのことです。一説ではこの術そのものがクノイチと呼ばれていたとされています。

一方、人遁十法で男性を使う場合は、「男」の字を分解しタヂカラと呼んでいました。このことから、一説ではクノイチとはテレビなどで見るような装束に身を包んで体術を会得した存在ではなく、情報収集のために女中などの役割を担ったスパイであったと考えられています。

クノイチの歴史

クノイチとよばれる存在がいつから活動していたかは定かではありませんが、忍術が完成したとされる戦国時代には、多くの大名が間蝶として忍者を登用しました。甲斐国の武将である武田信玄は、歩き巫女(あるきみこ)とよばれる流浪の民を束ねてクノイチ集団を形成したことが分かっています。彼女たちは隠密として諸国へ放たれ、信玄が戦国の世で勝ち残っていくための貴重な情報源となりました。

クノイチの伝説

信玄のクノイチ集団の頭領だったのが、望月千代女(もちづきちよめ)です。千代女はクノイチとして唯一名前を後世に残した人物でもあります。彼女は、もとは長野県佐久市にその跡を残す望月城の城主、望月盛時の妻でした。上忍である甲賀の望月氏の家柄に育った千代女は、盛時が川中島合戦で命を落とすと、信玄より直々に甲斐信濃二国巫女頭領に任命されました。これにより、千代は信州小県郡祢津村に練兵場を開き、女諜報部員としての訓練に従事することとなりました。訓練のあと、歩き巫女とよばれる諸国を遍歴する巫女として彼女たちを諸国に放ち、ツナギと言う中継役の人物を配置しておくことで各地の情報を迅速に得られるようにしました。