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忍者とは



日本は古来、海外からの影響を受けながら島国特有の文化を生み続けてきました。忍者の存在もその中のひとつです。忍びとも忍術使いとも言われる忍者は、その実情が明確にはされておらず、歴史書にも確かなことは書かれていません。しかし、江戸時代の諸藩に伝わる秘伝書や、庶民によって語られた講談などに描かれる姿を紡ぐことによって、今ではいくつかの事実が明らかにされています。ここでは世界でも類を見ない忍者の存在について詳しく見ていきます。

忍者の意味

忍者の意味

日本特有の兵法として発達したのが忍術で、その使い手たちのことを忍者と呼びます。忍者の発祥については諸説あり、自分たちの編み出した呪術をもつ山伏であるという説などがあります。

その中のひとつに聖徳太子によるというものがありますが、聖徳太子は側近の大伴細人(おおとものほそひと)を「志能備(しのび)」と命名し、間者としてライバルや庶民からの情報を得ていたと言われています。聖徳太子が「一度に十人の話を聞くことができる」というエピソードも、細人がスパイとして情報を収集していたことを指すとも考えられています。

また、源平時代以後にその発祥起源を求める場合もあります。信濃源氏の大将、木曽義仲(きそよしなか)に忍者が仕えていたとされ、その後、伊賀忍者となったと考えられています。

忍者の歴史

その起源には様々な説がありますが、忍者の存在が歴史の明るみに現れたのは1487(長享元)年の「鈎(まがり)の陣」だとされています。この戦いは、近江の守護大名である佐々木六角を足利幕府の将軍である義尚が征討した戦いですが、この際に佐々木軍で戦った甲賀武士たちの用いたゲリラ戦法などにより、その存在を強く印象に残すこととなりました。

その後、甲賀と伊賀、紀伊半島などで独自の発展を遂げたこれらの忍術集団は、戦国時代に入ると各大名のもとで戦力として使われることとなります。その後江戸時代に入り太平の世となると、忍者の存在価値は失われていきますが、特殊技術を備えた忍者は間者として主人に仕えることとなりました。

忍者の役割

忍者の主な役割は間者、つまりスパイ活動にあります。敵の陣地に忍び込んだり、あるいは集団の中に紛れ込み貴重な情報を収集したりするなど、諜報活動のエキスパートでした。また、戦においては個人の能力、集団の能力を駆使し、ゲリラ戦法や奇襲作戦などの戦法を用います。その際に用いられる特殊技能は忍術と呼ばれ、各流派によって独自の発展を遂げました。