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重文七城「丸亀城」の特徴



香川県丸亀市に建つ丸亀城は、住民から市のシンボルとして親しまれ、毎年多くの観光客が足を運び続けています。また日本一とされる約60メートルの石垣の上に建ち、印象的な白壁と石垣のコントラストは、規模こそ小さい物の歴史を経た威厳をもち続けています。ここではそんな丸亀城の歴史を振り返りながら、その魅力について触れていきます。

丸亀城の歴史

丸亀城の歴史

1587(天正15)年に生駒親正(いこまちかまさ)が豊臣秀吉より讃岐国に封じられ、その際に建てた高松城の支城として1597(慶長2)年に築城されたのが丸亀城です。しかし、徳川幕府が1615(元和元)年に公布した一国一城令、つまり「ひとつの国がもつ城は一城のみとする」と言う布令により廃城となります。

そこで当時の領主である生駒正俊(いこままさとし)は、丸亀城を破棄せず樹木を植えることで隠し通そうとしました。しかし、この計画は失敗に終わってしまいます。生駒氏から山崎家治(やまざきいえはる)へと領主が変わると、家治は1643(寛永20)年にかつての城跡に新たに丸亀城を再築します。1658(万治元)年には京極高和(きょうごくたかかず)が城主になり、その2年後に天守を完成させます。以後明治まで京極氏が城主となります。

丸亀城には石垣に残された伝説があります。再築された際に石垣を作ったのは名のある石工であった羽坂重三郎(はさかじゅうざぶろう)でした。日本で一番高いとされる石垣を見て、家治は大いに喜びましたが、そのとき重三郎が簡単に石垣に登ってみせたのです。これを見て家治は重三郎に脅威を感じ、井戸を探るようにと偽り、上から石を落として重三郎を殺害してしまったと言うものです。

丸亀城の特徴

日本一の高さを誇る石垣は、花崗岩が積み上げられた物であり、亀山の山麓から山頂まで三層からなり、それぞれに本丸、二の丸、三の丸が積まれています。特に二の丸の石垣は「扇の勾配」とも呼ばれ、扇の開いたかたちのような緩やかな曲線を描いているのが特徴的です。輪郭式の平山城をなし、大手門から本丸へ辿り着くには螺旋状に城の周囲を2周回らなければならないと言う構造になっているのも、この城の特徴です。天守は三重三階で、現存する三重天守のなかでは最も小さな物ではありますが、石垣に対して鮮やかな白がよく映えています。また、城へ出入りする者を見張っていたと言う番所長屋が今も残されており、城郭だけではなくそれを取り巻く環境がどのように整えられていたかと言う、在りし日の情景を伺い知ることができます。