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城情報

グスクとチャシについて



近代における中央集権の国家が誕生する以前、日本は様々な「クニ」の集合体と考えられていました。とりわけ沖縄には琉球民族、北海道にはアイヌ民族が住み、江戸時代に至ってもそれぞれが徳川政権から独立したかたちで独自の文化を育んでいました。戦国時代を経て東北から九州にかけては城について共通した様式がありましたが、当時の沖縄や北海道にはそうした様式とは違った城の形式を見ることができます。

グスクとは

グスクとは

グスクとは沖縄、奄美諸島に残されている史跡のことで、多くの場合「城」と言う字が当てられます。「グ」が石、「スク」が囲った場所を意味しています。グスクには城郭であったと言う説と聖域であったと言う説があります。初めは聖域としてつくられたグスクの一部には、発展して城郭としての機能を備えていった物もあると言う考えが一般的になってきています。また、グスクの起源が集落であったと言う説もあり、その発展過程で防御的性格を帯びるようになったとも考えられています。いずれにしても、グスクを中心として人々が集まり、生活を営むことで文化を育んでいきました。

主なグスク

もっとも代表的なグスクが首里城です。2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産にも登録された首里城は、1945(昭和20)年に一度は沖縄戦で失われますが、1992年に復元されて現在の姿になりました。首里城以外にも、今帰仁城(なきじんぐすく)、勝連城(かつれんぐすく)、座喜味城(ざきみぐすく)、中城城(なかぐすくじょう)の跡がグスクとして世界遺産に登録されています。

チャシとは

チャシは砦や館のことと考えられていますが、正確な実態については明らかにされていません。アイヌ語では「柵」あるいは柵で囲われた状態を指しますが、軍事施設としての建物と言う要素以外にも宗教施設、交易施設などの役割を担っていたと言う説があります。チャシが文献に登場し始めた17世紀頃は和人とアイヌ民族の間で戦闘状態にありました。そのため、文献などに記録をした和人はチャシを砦として認識していたと言う説があります。チャシの多くは自然の地形を利用したかたちで高所につくられています。山や台地を利用する以外にも、湖のなかに孤立してあることもあり、北海道では多くのチャシが確認されています。

主なチャシ

根室市内には32ヵ所のチャシ跡が確認されており、そのうちの24ヵ所が国の指定する史跡となっています。また、新ひだか町のアイヌ民族の英雄「シャクシャイン」の最後の砦としても知られる、シベチャリチャシやホイナシリチャシなどの史跡からは、江戸時代における松前藩との緊張関係のなかで築かれたチャシの歴史を伺うことができます。