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天守の構造



天守には決まった形式がある訳ではありません。土台の大きさや建てる天守の層によってその構造も様々です。また、時代の変遷によって城主が天守に求める要素も変わっていきました。領土を見渡し外部の敵からの侵略を防ぐことはもちろん、豪華な天守を築くことによって自身の威勢を世に知らしめると言う要素が加わることで、天守は時代を追って巨大化していきました。ここでは天守の構造について詳しく見ていきます。

天守ができるまで

天守ができるまで

天守の構造は実に複雑です。実用性だけではなく、その天守を見る者に権力を誇示すると言う目的が加わってからは、より高層で巨大な天守が作られるようになったため、多くの労力と時間が必要となりました。天守を作る際にはまず雛形を作成します。縮尺は場合によって様々ですが、柱や梁(はり)や桁だけではなく、垂木(たるき)や貫(ぬき)長押(なげし)といった細かい材木に至るまで、外観の瓦や壁の部分こそありませんが、作りとしては完全な天守のミニチュアをまず作成したのです。

天守を支える土台

天守は必ず石垣の上に建てられます。これを天守台と呼びますが、この天守台は建てられた場所、地形、城全体の構造によって変容するため、決まった構造がある訳ではありません。天守が作られ始めたころは、天守台がいびつである場合が多く、そうなると上に築かれる天守は望楼型となります。のちに天守台を築く技術が進歩するようになると、きれいな四角形の天守台ができるようになります。それにより新型の層塔型の天守が作られるようになりました。

天守の内部構造

天守台の上には木材の土台を敷き、そこに柱をたて、梁(はり)を架けます。梁の上に桁を敷き、さらに注盤(ちゅうばん)と言う角材が上の階の土台の役割を果たすことで、階層のある天守が築かれることになります。その際に釘は使用しません。木材による骨組みがしっかりしていることで、強度の強い建造物となるのです。

天守の外部構造

外部には壁を塗り、窓を並べ瓦を敷きますが、どのような素材を使うかで天守の外観は大きく異なります。織田信長が築城した安土城には漆や金箔を用いた金瓦が使われていました。また、徳川家康が建立した名古屋城の金の鯱(しゃちほこ)は有名ですが、天守には必ず鯱が飾られました。この鯱の内部は空洞になっていて、天守の最頂部に渡された棟木(むなぎ)に差し込むことができるようになっています。このように、天守とは細部にいたるまで合理的な構造をもった建築物だったのです。