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時代を超えた スゴ城ランキング 第一回 難攻不落の城ランキング

城には難攻不落と言われる城があります。
多くの名将や大軍に攻められても、なかなか落城しなかった城には、独自の工夫や戦術があります。当時のまま現存する城はほとんどありませんが、復元された城や城跡に、かつての工夫が垣間見える…そんな城を集めました。

大阪城

1位大阪城(大阪府)

徳川方20万の軍勢にも耐えた日本最大級の輪郭式平城「大阪城」。

根石からの高さ約32メートルの上にそびえる天守閣と、そのまわりを幅約50メートルもある内堀と外堀で囲まれ、この構造そのものが防御の要となっています。
さらに、堀の水深は5メートルにもなり、石垣と合わせると、本丸までに40メートル近くあることになります。
実際に行って石垣の高さや堀を見たり、遠くから全体を眺めたりして見ると、どれだけ城に近づくのが困難であったかが分かるのではないでしょうか。
1614(慶長19)年の大坂冬の陣では、徳川方20万の軍勢をもってしても、この大阪城の守りを崩すことができず、最終的に徳川軍は和睦に持ち込みました。

小田原城

小田原城(神奈川県)

上杉謙信に包囲されるも落城せず。
全国に名を知らしめた堅城。

あの軍神と言われた上杉謙信(うえすぎ けんしん)の度重なる城攻めにも屈しなかったことから、「小田原城」は「難攻不落の城」と称され、全国にその名を知らしめました。
小田原城は北条氏によって拡張され、二の丸総堀、三の丸総堀、総構堀と三重に囲まれた金城鉄壁の城で、1590(天正18)年、秀吉の小田原征伐の頃には、小田原の町全体を全周9キロメートルもの土塁と空堀で取り囲み、壮大な城となっていました。
最終的には、豊臣秀吉の大軍勢による巧みな包囲作戦に開城しましたが、豊臣軍は城の中に一歩たりとも入れず、ついに陥落させることはできませんでした。
まさに「堅城」の名にふさわしい城です。

上田城

上田城(長野県)

自然の要害を活かした大阪城にも勝る名城。

戦上手真田昌幸(さなだ まさゆき)が本拠とした「上田城」も、「難攻不落」の名にふさわしい城でした。
上田城は、南側には千曲川(ちくまがわ)と千曲川の分流となる尼ヶ淵(あまがふち)が流れ、北と西には山、東には蛭沢川(ひるさわがわ)と湿地帯が広がり、あたかも四方に堀をめぐらせたような総構えとなっており、その規模は東西1,300メートル、南北600メートルであったと言われています。
この地の利を活かした構造をより強固な防御の要とするために、「百間堀」と呼ばれる大きな掘りが造られ、高い土塁で囲まれていました。
また、敵の進軍を止めやすいように、すべての虎口(こぐち)は直角に曲がらなければ進めない「枡形」構造になっており、1585(天正13)年第一次上田合戦の徳川戦では、退却と見せかけて、城の虎口に巧みに誘い込む戦法で相手を翻弄させました。

戸石城(長野県)

「信玄の砥石くずれ」を強いられた山城。

戸石城

「戸石(砥石)城」は、東太郎山の支脈の尾根を活用し、北に枡形城、南に戸石城、南西に米山城と複合城郭を形成しており、自然の地形を活かした防御と戦闘性に富んだ難攻不落の要害と言えます。
東西は崖に囲まれ、唯一攻め入れる場所は急な崖のような上り坂に限られるため、1550(天文19)年「戸石城の合戦」では、武田軍が7,000人の兵力をもって攻撃したものの、崖を登ろうとすると城兵に石を落されるなどして大苦戦し、その結果、城の救援に来た村上軍本隊と戸石城との挟み撃ちに遭い、のちに「信玄の砥石くずれ」とまで言われる大敗北に遭いました。

熊本城(熊本県)

建造物としての防御性能が抜群の城。

熊本城

加藤清正(かとう きよまさ)が1606(慶長11)年に完成させた「熊本城」は、崖や山などの天然の要害を使った城とは違い、城の建物の構造を工夫して守備固めを行なったことが最大の特徴です。
加藤清正は、敵からの攻撃を防御するため、近江国から率いてきた特殊技術を持つ石工集団「穴太衆(あのうしゅう)」によって、城の石垣を造らせました。
この石垣は、敵が攻めて来ても最後までは登れないよう、上に行く程急勾配で反り返った設計になっており、「武者返し」とも呼ばれるようになりました。
敵から城を守るばかりではなく城の見栄えにも配慮されており、その美しさは今でも健在です。
当時の石垣は軍事上も重要機密とされ、その技術が外に漏れないよう細心の注意を払っていたようです。
また、石垣の他にも、天守までの距離を感じさせるよう、城内の道を何度も曲がらないと進めなくなっており、各所に設けられた虎口は、枡形によって敵の進軍を抑え、上から弓を射るなど攻撃ができる仕組みになっています。
実際に行ってみると、様々な工夫が現地で実感できるでしょう。

コラム

難攻不落の城を見ると、多くはその地形を活かした天然の要害となっています。
今は地形を含めて全貌を見ることのできる城は皆無ですが、近くの丘や、お堀として今も水が流れている場所がたくさんあります。
山城は山全体が城であり、戸石城のように、場合によっては尾根づたいにいくつかの山々を含んで防備の役目を果たしている城もあります。

一方、平城である大阪城や小田原城は、地図で確認するとその規模の大きさにまずは驚くことでしょう。小田原城などは城下町も含めて、城の防御の仕組みとしてとらえていたことがよく分かります。
このような城を巡る場合には、地図を確認し、離れた所から地形全体を眺めてから現地を訪れると、よりその工夫が感じられるのではないでしょうか。
また、上田城や熊本城のように城の構造自体に工夫がある城は、実際に見学することで、城の機能が実感できるはずです。

城を見学する際には、様々な視点から見ていくと新たな発見もあります。
難攻不落の城のポイントやエピソードについて解説しましたが、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

参考文献・URL