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三戸城

三戸城
天守閣
三戸城は三戸盆地の中央、標高130メートル、北を熊原川と馬渕川との合流点に位置し、南は湿地に囲まれた要害の地にある山城でした。
【綱御門】
最近綱御門が再建され、また、城門2棟が三戸町内の法泉時、竜川寺の山門として現存しています。
【御門までの石垣】
鍛冶屋御門跡に登る坂道です。
【城跡】
城跡には南部藩祖光行を祭る糠部神社、庭園などがあり、その他の文化施設などもあります。

【解説】

甲斐源氏・南部三郎光行が1189(文治5)年、源頼朝による平泉藤原氏討伐の際の功により陸奥国糠部郡(ぬかのぶのこおり:現在の青森県三戸・上北・下北・岩手県二戸・九戸の各郡にわたる地域)、いわゆる南部領を与えられ、1191(建久2)年12月、三戸に入部したと伝えられています。
それから長い間、三戸城(聖寿寺館、現岩手県三戸郡南部町)は南部氏の本拠とされていました。

南部領は「三日月の丸くなるまで南部領」と謳われたほど広大な領地でした。
また、ここは名馬の産地で、軍馬の育成も盛んでした。
南部光行は、便宜上領地を9つに分け、東西南北に4つの門に分散して配置しました。
これは「四門九ヶ戸」の制度と呼ばれ、三戸の名前の起源と言われています。

【データ】

よみ:
さんのへじょう
所在地:
青森県三戸町梅町
別名:
留ヶ崎城
建造物:
山城・観光用模擬天守