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会津若松城

会津若松城
天守閣
現在復元されている天守閣は、会津戦争後に取り壊された五層天守です。
【鉄門】
扉や柱が鉄でできています。「くろがねもん」と読みます。
【廊下橋】
本丸東側の廊下橋。防御戦の時はこの橋を落とすことで、東側の防御力を上げる構造でした。
【白虎隊】
天守閣は歴史博物館となっています。戊辰戦争時の物が大半を占め、白虎隊関連の品が多数を占めています。

【解説】

1592(文禄元)年、蒲生氏郷によって築城されました。
平山城で典型的な梯郭式縄張の城郭です。
会津若松城の前身は蘆名氏が居館とした黒川館でした。
蘆名氏を滅ぼして会津を占領した伊達政宗は豊臣秀吉の命により旧大崎・葛西領へ国替され、代わって蒲生氏郷が会津の領主となりました。
『氏郷記』には、「七重の殿守、月見矢倉に太鼓門、その外の殿々金銀をちらばめたり。大名小名出仕は、座中日々に市をなす。めでたかりしことどもなり」とあり、天守は豪壮で、城下町も賑やかな物であったと推察されます。

現在では、会津若松の人々は必ずと言っていいほど飯盛山を訪れます。
小高い山の中腹には、幕末の会津戦争で、若くして自刃した白虎隊士19名の墓があり、365日紫煙の絶えることがありません。

【データ】

よみ:
あいづわかまつじょう
所在地:
福島県会津若松市追手町
別名:
鶴ヶ城
建造物:
平山城・外観復興天守閣