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広島城

広島城
天守閣
本丸には三層の小天守を伴った五層の望楼型天守、本丸と二の丸には90を越えるや城門を配した大規模な近世城郭でした。
【二の丸表御門】
広島城の二の丸は出撃の拠点である馬出しの機能を持っていたそうです。
【遠景】
大天守(外観復元)は本来二基の小天守を従えていましたが、復元では再現されませんでした。
【平櫓】
1994(平成4)年には平櫓・多聞櫓・太鼓櫓が復元されました。特に平櫓と太鼓櫓を結ぶ多聞櫓は全長68メートルもありなかなか見ごたえがあります。

【解説】

広島城は、豊臣秀吉の五大老の一人として知られる毛利輝元が築いた典型的な平城です。
毛利氏は、南北朝時代から郡山城(高田郡吉田町)を居城とする一領主でしたが、輝元の祖父元就の代になって中国地方の大部分を支配する戦国大名になりました。

その後、輝元は、中国地方の九国(現在の広島・島根・山口全県と鳥取・岡山両県の一部)にわたる領地を統治するため、1589(天正17)年、当時五ヶ村と呼ばれていた太田川のデルタに築城を開始し、1591(天正19)年入城しました。

【データ】

よみ:
ひろしまじょう
所在地:
広島県広島市中区基町21番1号
別名:
鯉城
建造物:
平城・外観復興天守